「今村夏子さんの本を読める」自分でありたい

先日、今村夏子さんの「こちらあみ子」を2回目読み終えました。

1回目読んだときはまだその良さがわかる自分ではなかったのですが、

2回目はしっかり(かどうかはわかりませんが)、

「今村夏子さんの本が読める」自分になれていたことに嬉しくなりました。

2回目を読もうという気になったきっかけは

今村夏子さんの別の著書「星の子」を読んでとても面白いと感じたからです。

なんか、「こちらあみ子」ももう一度読んだら読めるようになっているかも、と思って読みました。

そもそもなぜ今村夏子さんの本にこだわって読もうと思ったかというと、

4年ほど前に観た映画「花束みたいな恋をした」の影響を受けて、なのです。

その映画の中に有村架純さんが演じる絹ちゃんという女の子がでてくるのですが、

その子が今村夏子さんの本を楽しみに読んでいて、

「今村夏子さんの本を読める」女の子として描かれていて、

そこから興味をもって、自分も絹ちゃんのようでありたいと思い手に取りました。

しかし、

いざ読んでみると、面白いと思えなかった、、

ショックでした。

え、全然面白くなかった...

でもこんな感想は言えない、と戸惑っていました。

そして時を経て、その間に様々な本を読み、

私生活でも様々なことを経験して

先日、チャレンジしてみると、読めました!

ある小説を読める読めないというのは日本語がわかるかどうかという言語の問題ではないんですね。

「心のある場所」の問題なのかな、と思います。

人によって面白いと思うものはそれぞれだし、読める読めない、読めるからいい、読めないから悪い、という問題ではなく、

ただ私のこだわりの問題なのですが。

あ~よかった、近づけてよかったです。

絹ちゃんに、あみ子に、ちひろに。